どこかのバカが言っていたことを思い出すべきだった。
神は気まぐれな女であり、サイコロを振るのが大好きだと。
彼女はサイコロを振るのが好きなだけで、ルールに従って遊ぶのが好きなわけではないと。
普段の私ならこれを無神論者の戯言か、安っぽい小説の捨て台詞と思っただろう。
だが朝5時に兵士たちから乱暴に叩き起こされ、隊列を組み広場へ行けと言われたときそれが何を意味するか瞬時に悟った。
広場は震える住民たちで埋め尽くされていた。
彼らのほとんどはまだ眠っている間に兵士によって引きずりだされたのだろう。
コートを着る暇すらなく寒さに震えている者もいた。
広場の演説台にはサーチライトが据え付けられ、目も明けられぬほど眩い光で群衆を照らしている。
まるで第三帝国のやり方だ。
ジェフティの手を握りながら私は心の中で思った。
彼女は明らかに怯えていて何も話さない。
不思議なのはヴィーナが一緒にいないことだ。彼女はガモンと一緒にいるはずなのだが。
私はジェフティの手を握り返し、一緒に広場へ向かっていった。

「紳士淑女の皆様、既にご存じかと思いますが昨日ここで不幸な事件が起きました」
「尊敬すべき高級監査官殿が暗殺されたのです。」
気持ち悪いほど気取った声が拡声器によって増幅され広場に響き渡った。
ここまでひどい声を発することができるのは、世界でただ一人、あいつしかいない。
「周知のとおり、ここ数か月で4人の兵士が狙撃された。」
「使用された銃と弾丸は今回監査官殿を暗殺されるのに使われたものと同じものだ。」
「これが証明することはただ一つ!」
壇上の少佐の顔は見えず、逆光下に杖を振るう人影が伺えるだけだ。まるで邪悪な悪魔が儀式を行ってるように見える。
「ここに集まった人の中に悲劇の黒幕が潜んでいる!お前たちの誰かがな!」
悪魔は一瞬動きを止め、より威嚇的に見えるよう姿勢を変えた。
「この一連の事件は私にとって恥ずべきことだ。だから私は、今日これに決着をつける!」
あぁ、自分のキャリアに影響するからか。このままでは降格もあり得るだろう。
初めて高級監査官を撃ってよかったと思えた、これだけでも十分だ。
だが私は、明らかにこの悪魔を見くびっていた、奴は全てを地獄へ売り渡し、ただ権力のためだけに生きるゾンビのようなものだった。
「これから1時間毎に処刑する人間を決める、ランダムかつ公平にだ。」
「お前たち全員が死ぬ、或いは誰かが自発的に罪を認めるまで続ける。」
その言葉が語られるや否や、広場は恐怖に包まれた。
男たちの怒号と女たちの叫び声が混ざり合い、混乱は加速していった。
「正気なのか?!少佐!」
私は叫ばずにはいられなかった。
「正気だと?」
無数の叫び声の中、クソ少佐がどうやってそれを聞き取ったかは神のみぞ知ることだろう。奴は不敵に笑った。
「1枚の写真のために無数の一般人を犠牲にしたどこぞの記者よりはましだ。」
「この野郎!」
こちらを狙う兵士を無視し、私は必死に叫んだ。
突如として、ジェフティが私の手を掴み引き戻した。
「なぜ知ってるの……」
「どうして、なんで知ってるの……」
血の気が一瞬にして引き、私はしばらく反応できなかった。
ジェフティは小声でもう一度繰り返した。
「あいつ、どうして知ってるの……」
この瞬間、体中の血液が凍り付いたような気がした。
「1枚の写真のために無数の一般人を犠牲にしたどこぞの記者よりはまし……」
まるで催眠術にかかったかのようにジェフティは私の手を強く握りしめ、何度も何度も繰り返した。
「なぜ知ってるの?どうしてあいつが知ってるの?」
終わりだ。
全てが、ふりだしに戻った。
この状況を打破する方法を考える前に、広場に銃声が轟いた。
50口径拳銃の轟音は大砲のように響き渡った。
「私が本気だということを理解してもらうため、勝手ながら市長には第一の犠牲者となってもらった……」
悪魔は市長の身体を壇上から蹴り落とし、血でぬれた拳銃を拭った。
その顔の半分は返り血で汚れ、表情をさらに醜悪なものへとしていた。
「……そろそろカウントダウンを始めようじゃないか?」
一瞬の静寂の後、広場が絶望に包まれた。
人々は声にならない呻き声をあげるか、神へ祈るのみだった。
「それでは……」
悪魔は自身の作り出した恐怖に満足したらしく、部下に向かって頷いた。
兵士たちが群衆の中から細い人影を乱暴に引っ張り出してくる、そして聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
「ガモン!」
ヴィーナ、それにガモンだ!
私は懸命に顔を上げ、彼らの姿を探した。
ヴィーナは必死にガモンを守ろうとしている、だが兵士たちは銃床で彼女を組み伏せ彼を連れ去っていく。
彼女は、息子が悪魔の下へ連れて行かれるのをただ見ていることしかできなかった。
ガモンは泣き叫んでいた、肉体的痛みだけではなく恐怖のためだった。
「あぁ、1人目は子供か。なんと悲しいことだ、私も子供は大好きなのだが。」
悪魔が手袋を嵌めた手でガモンを撫でている、なんておぞましい光景だ。
「この野郎、その子を放せ!」
私は思わず大声で叫んだ。
ジェフティも今にも叫びだしそうな勢いで私の手を握り締めた。
私はとっさにジェフティの口を塞ぎ、彼女を強く抱きしめた。
「ふん、またお前か。なら素直に自白して見せたらどうだ?ええ?」
少佐は愉悦に満ちた顔でこちらを見下ろした。
「誰かが認めさえすれば、みな安らかに眠ることができる……」
「おまえ!」
「私は!進駐軍指揮官として、大陸の屑どもに十分すぎるほど譲歩してやった。
「無知な豚共が死んだぐらいで何を騒いでいる!」
「貴様らは高貴な南極軍兵士を5人殺した、5人だぞ!その代償を支払え!」
「だが私は親切だ、貴様らの一人に自白の機会を与えてやる。さもなくば一人残らず処刑し、全てを埋葬してやろう!」
「選ぶのはお前たちだ!」
少佐は兵士の銃剣を引き抜き、ガモンの首に当てた。
「うぅ……お母さん……お姉ちゃん……助けて……」
広場に響き渡るのはガモンの叫び声だけだった。

シェフティは私の腕の中で必死にもがいていた。
拳が私の手に強く叩きつけられる。
「30秒待ってやる、誰も名乗り出なければ、1分毎に1人ずつ殺す!」
少佐のダミ声がガモンの叫びをかき消した。
「10秒!」
……
「5!」
……
「4!」
……
「3!」
……
「2!」
……
「1!」
……
「見るがいい、愚かな豚共が!
貴様らの愚かな選択によって、この子が死にゆく様をな!」
少佐の顔が狂気に歪み、ガモンの首筋に銃剣を突き立てようとした。
「待って!」
私の腕の中から突然叫び声が聞こえた。
このような大声を少女が出せるなんて!
ジェフティは私の手を逃れさらに叫んだ。
「ジェフティ!やめろ!」私も叫ばずにはいられなかった。
「ハッ、やはり貴様らだったか!」
少佐は新しい玩具を手にした子供のように笑った、そしてガモンを押しのけ不敵な笑みを浮かべたまま近づいてくる。
「ではミス・フロイライン、あなたが哀れな兵士たちと高級監査官閣下を殺したのだね?」
悪魔の声は興奮に満ちている。
ジェフティは何も言わず、ただ黙ってうなずいた。
「ジェフティ!やめるんだ!」私は大声で叫んだ。
「素晴らしい、まるでジャンヌダルクのようだ。
ならあなたにも彼女と同じ道を辿れるよう、私が用意してやろうではないか
そう、素晴らしい死に様をな。」
悪魔は自分の世界に酔いしれながら呟いた。
「この野郎!ジェフティに何する気だ!」
「この娘を収容しろ、くれぐれも粗相の無いようにな。」
私など端から存在しないかのように、悪魔は兵士と共にジェフティを連れ立ち去った。
「ジェフティ、私が連れ出してやる!絶対にだ!」
私はジェフティが連れていかれた方向に向け力いっぱい叫んだ。
翌日の早朝。
私は少佐のオフィスに駆け込んだ。
「お前!何を企んでるんだ!」
少佐の机に両手を叩きつけ私は怒鳴った。
「これから何をするつもりだ!」
少佐は激高した。
「何故あいつが例の事件の生存者だと言わなかった!」
「お前、彼女を拷問したな!」
少佐の襟首を掴んだ、必要ならこのまま首をへし折ってやるつもりだった。
「どうして知っているかだと!」
「あの娘は協力的でな、こちらの質問に全て答えたのさ。」
「だがお前は!お前は今日まであいつを生かしていた!しかも復讐という名のお遊戯に付き合ってまでいた!正気か!」
少佐は私を突き放し、地面へ蹴り飛ばした。
「お前が!」
私は息をのんだ、軍靴に蹴られた場所が裂けるように痛む。
「お前がやったことだ!お前があいつの家族を殺した!」
「私がだと?」
少佐は不敵に笑った。
「お前の発案によって彼女の家族は殺された。」
「ただ絵になる写真が欲しい、そのために我々を利用したんだろ。」
「私は……」
「狙いを定め、引き金を引いたのは私だ。だが殺したのは私じゃない、お前だ!!」
「違う!違う!私じゃない!」
私は必死に叫び、手に届くもの全てを床にたたきつけた。
…………
……
「2-1、こちら2-3、聞こえているか?」
……
「2-3 FOX 1!……おいクソッ、どうなってんだ!」
……
「2-3、どうした?何があった!」
……
「着弾地点に大勢の人が!」
……
「他に手はない!」
……
「そんな……あぁ……神よ……」
……
「よく聞け、ガキが。これがバレたら俺たち全員終わりだ!」
過去の出来事がすべて、走馬灯のように目の前を流れていく。
忘却したいと強く願っていたあらゆる事象が周囲を廻っていく。
嫌だ、もう二度と考えたくない。
「やめてくれ!!!!!!!!!!!!!!!!」
正気を失ったかのように叫び、髪の毛を引きちぎるかのように両手で頭を抱えた。
パチパチパチ……
少佐が私の哀れな姿を見て楽しんでいる姿がぼんやりと見えた、奴は手を叩き笑っていた。
「分かっただろ、お前はあくまで共犯者だ。それに私がやったとてどうなる?」
「共に絞首台へ送られるのを避けるため、あのエリアを「清掃」し死体を全て消すよう命令するしかなかったのだ。」
「つまりだ、あいつの死は私とお前、双方にとって利益になる。あんな女、どこにでもいる……」
「黙れ!」
「黙れだと!?」
「3時間以内に彼女を解放し、私たちをベルリンへ運ぶヘリコプターを手配しろ!!」
私は頭を下げ歯を食いしばりながら要求した。
「私に命令するだと!?何様のつもりだ!貴様にそのような権力はない!!」
少佐の眼は殺意に満ちていた。
「これを見ろ!」
私は指一本ほどの大きさしかない銀箱を投げ出した。
少佐はそれを一瞥しただけで絶句している。
「全ての録音内容はもう私の同僚へ送信されている。」
“LEX-04“
長距離伝送用の録音機器であり、かの「ケミカルゲート」事件で悪名高い、ジャーナリストの最終兵器。
「チャンスをくれてやる。それでも分からないというなら、この事件の全てを暴露してやる、お前が今言ったことを含めてな。」
少佐の蹴りを食らったせいで口になかに血が満ちている。
「本気で言ってるのか?そんなことをすればお前のキャリアは終わりだ。」
頭はまだ上げられない、だが少佐が動揺していることは間違えようがない。
「正当な理由なく民間人を虐殺し、上層部を欺き、戦歴を改竄した。銃殺刑の10回は下らないだろう。」
見上げると、奴の顔は痣だらけで蒼白に染まっていた。まるで殴られた傷が癒えていないかのようだ。
だが私の気は全く晴れなかった。
「どうするんだ、少佐殿?」
勝った……この時はそう確信した……
この愚かな考えによって、私は当時の記憶を消すことに一生を費やすこととなった。
今となってはもはや断片的な記憶しか残ってない。
「ジェフティ!」
看守の助けを借り、辛うじて独房から出てきた少女を見て胸が張り裂けそうになった。
手足は重い足枷で拘束されている、あのろくでなしはジェフティを拷問するためにこんな原始的なものを使ったのだ。
私は傍観者として振舞う少佐を睨みつけた。
こいつには必ず代償を支払わせる、絶対に償えないようなものを。
「ジェフティ、大丈夫……」
彼女の肩を強く掴む。痛みで歪んだ顔と泣いたことで赤く腫れあがった目を見て、私も涙した。
「もう大丈夫だよ、ジェフティ。終わった、全てが終わったんだ。」
私はジェフティを強く抱きしめた。
この世界でたった一人の大事な人、自身を犠牲にしていいと思える唯一の人。
ジェフティはしばらく固まっていたが、やがて私を強く抱きしめた。
長い銀髪が私の顔を覆う、私が感じたのはユリの爽やかな香りとよく見知った若い少女の姿だけだった。
「行こう。」
何も言わずにジェフティは駐機場に向かって後ろをついてきた。
赤十字のヘリコプターが私たちをベルリンまでまっすぐ運んでくれる。
もうすぐだ、ようやく終わる。
だんだんと大きくなるヘリコプターの轟音を聞きながら、私は思わず息を吐いた。
ジェフティも私も生きている、そのことを神に感謝した。
駐機場入口につくと少佐が私を引っ張ってきた。
「約束したことを忘れるな、さもなければ……!」
「お前は惨い最期を……」
少佐へ強烈な平手打ちを食らわせ、冷たく彼を見下ろした。
ジェフティを駐機場まで連れていく。
「モンドさんですか?」
赤十字スタッフが降りてきて移乗のための事務手続きを行う。
私がジェフティの手を放しサインしようとペンへ手を伸ばした瞬間、
彼女はすぐ近くの警備員へ猛然と走り寄り、腕へタックルした。
警備員はそのまま地面へ倒れ、立ち上がったジェフティの手には拳銃が握られていた。
「やめろ!!」
声の届く速度は光より遅い。
だからジェフティには届かなかった。
しかし私には、彼女が一瞬のためらいもなく銃を撃つのが見えた。
一発、二発……ジェフティは狂ったように引き金を引いた。
少佐の身体は次々と弾丸に貫かれ、手足は捻じれ回転し、兵士たちが死の舞踏と呼ぶ踊りを舞っていた。
最後の弾丸が背骨に突き刺さった瞬間に中枢神経全体が破壊され、彼は破れたぼろ布のように地面へ倒れた。
今回、兵士たちの反応は驚くほど速く私が止めようと声を出す前に既に発砲していた。
ジェフティの白いドレスから突然血しぶきがいくつか現れ、その中心から赤い液体が噴水のように噴出した。
ジェフティのやわらかい体は吹き飛ばされ、地面に大きく叩きつけられた。
「やめろ!!!!!!!!!!」
急いで駆け寄り彼女を抱きかかえた、だがジェフティの顔は青ざめ、傷口からは血が噴き出している。
「私、またバカなことを……」
ジェフティの口元から少しずつ血が滲み出てくる、それは銀色の髪に滴り落ち信じられないほど美しく見えた。
まるでジェフティの命を吸い取っているかのようだった。
「バカ、喋るな!!」
銃弾は体を貫いた、バイタルに3発、このまま死んでしまうのか?!
「でも、仇は討った……そうでしょ?」
「あぁ、よくやった、よくやったよ……」
「泣かないでよ……わたし、うまくやったんだから……パパ……ママ……」
ジェフティの体が冷たくなっていく、私には何もできなかった。
「あぁ、二人とも喜んでいるさ。きっと……きっとそう……」
「だから頼む……今はもう喋らないでくれ……お願いだから……」
「うん、だけど……もう一つだけ……言いたいことが、あるの……」
ジェフティは最後の力を振り絞り、体を起こすとまだ百合の香りが残る唇でそっとキスをした。
「さようなら……ごめんなさい……」

それはため息のようであり、同時に魂の囁きのようでもあった。
あの事件から5年。
戦争は終結し、 かつて恐怖に支配された町は今や南北交流の拠点となっている。
私は今でもよく考える、 あの時した行動が正しかったかどうかを。
もし私の助けがなければ、彼女は一人も殺すことはできなかっただろう。
或いは一人目の段階で捕まっていたかもしれない。
しかし、今何を考えようと全ては詮無き事だ。
戦争で亡くなった数多の犠牲者と同様、 長きにわたり土の中で眠り、そして永遠の記憶となる。
さようなら、ジェフティ。
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