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「……わたし……銃を盗んだの……」

ジェフティは頭を下げ囁いた。

あの瞬間、全てが変わった。

「何だって?」

聞き間違いかと思った、しかし彼女は間違いなくそう言った。

ジェフティは冗談を言ったのか?

「銃を盗んだ……弾丸も……」

今度はもっと強く、大きな声で言い切った。

「どうして……?」

魂を引き抜かれたかのように、身体に力が入らなくなった。

ジェフティが銃を盗んだ?

それで何をするつもりなんだ?

復讐、それは間違いない、けど……

「これで何をするつもりなんだ?」

私は頭を抱え、考えを纏めようと周囲をうろついた。

彼女を止めなければ。

そして、誰にも知られないよう銃を処分しなければ!

こんなことが発覚すれば死刑になるに違いない。

「銃を渡すんだ、私に任せて……」

そう言いながら彼女の眼を直視し、すぐに後悔した。

まだ若い獣の眼をしていた。

獰猛さ。

だが血に飢えた狂人のようなものではない、

残酷さと無邪気さが混在していた。

そして混ざり合った二つの要素は復讐という名の業火によって更に不安定に膨れ上がっていた。

「復讐するの……」

その声はいつもと変わらないやわらかさを持っていたが、

しかしだからこそ私はいつもと同じ口調で発せられた単語に恐怖した。

まるでピアノ線のように細く柔らかく、

そして人の命を奪うことができる。

 

 

「これから、どうするつもりなんだ?」

「両親の仇をとる!南極のクソどもを皆殺しにするんだ!」

「罪のない50万もの人を殺し、それで両親が戻ってくるのか?」

対面する少女の声は更に熱を帯び、呼吸するたびに口元から火が漏れ出てくるかのようだった。

「……けど……私の両親は奴らに殺された!復讐しないと!!」

今思えばあの時の私の表情は、今のジェフティと同じだったに違いない。

だがあの時、私がもらったのは頭を殴るかのような平手打ちだった。

「バカ野郎!お前の両親は自身の命と引き換えにお前の命を救ったんだ!」

「それなのに一生憎しみに囚われたまま生きてくつもりか!」

「ご両親は私が出会った中で最も賢い人たちだった。」

「なのに、息子のお前はこんなにもバカ野郎だったとはな!」

「銃を求めて生きるものは、銃によって死ぬ。こんな単純な真実をなぜ知ろうとしない!」

これがミタ大佐と私の最初の会話だった。

私はまだ暴力的で、管理病棟のベッドに縛り付けられていた。

そう、まるで罠にかかった野生動物のように。

 

だからこそだ。

目の前のジェフティを見て当時の自分の姿が思い浮かんだ。

だが私には、あの時の大佐と同じようなことは言えないだろう。

どうして彼女の人生を歪ませた張本人が堂々と言えようか。

たとえいかなる代償を払ったとしてもできない、いやしてはならない。

これは私の罪だ。

人生の先達として預言者のように彼女を導く資格など、私にはない。

なぜならば、これは私の責任だからだ。

……

…………

「銃はどこにある……」

ジェフティは私を見つめ、首を横に振った。

彼女の青白い顔は恐怖に満ちていたが、同時に揺らぎようのない決意も読み取れた。

「一人では不可能だ、銃の使い方も知らないだろ」

ジェフティは困惑してこちらを見た。

「私は……」

この言葉を言ったら、もう引き返せない。

分かっていたつもりだった、ただその裏に隠れた悪魔の微笑みには気づけなかった……

「私がサポートする……」

地獄の底へ通じる扉は開かれた、この扉の先に希望など存在しない。

 

 

あの日を境に、

ジェフティと私は部外者からすると異様に親しげに見えただろう。

彼女と私は一日の大半を囁きあって過ごした。

そう、傍目から見れば。

まるで愛し合う男女のように見えた。

だが、もし彼らが私とジェフティの計画を知っていたとしたら?

おそらくそれはありえないだろう。

私は「ナチュラル・ボーン・キラーズ」という古い映画のことを思い出した。

100年以上前の作品で、若い男女が面白半分に殺人を行う話だ。

ジェフティと私がいまやっていることはその映画の焼き直しに近い。

警備の法則性、巡回時間の把握。

部隊が反応するまでにかかる時間、狙撃ポイント選定、天候把握、逃走ルート策定など。

私はこの状況に関連するだろう知識を総動員し、

完璧な計画を立てようとした。

しかし、それを整理して初めて気づいた。

そこに存在したのは無駄な情報と相反する提案しかないと。

もはや運に任せる他無いのか?

私は両手で深く頭を抱え、無力感に打ちのめされることを繰り返した。

両親の仇を討つと強情に言い張っていれば、今頃は歴戦の戦士になっていただろうか?

或いはすでに戦場で死んでたかもしれない。

だがどちらにせよ、今こんな厄介な状況に陥ってないことは間違いない。

決意はあろうと、いかんせん無力だ。

……

それでもなんとか、計画らしきものを立てることはできた。

メスゴリラがこれを見たら、間違いなく希望的観測に過ぎない杜撰な計画と嘲笑うだろう。

……だが私はこれに自分とジェフティの人生を賭けていた。

ただ、当時はそれが精一杯だったのだ。

 

 

2週間後……

 

もう4月に入って久しいはずだ。

しかし、町の空は相変わらず曇っていた。

巡回中の兵士たちもサボってテントの中に引きこもっている。

こっちとしてはこの方が都合がいい。

私は視界の端でジェフティを見た。

彼女の小さな肩は震えていた。

パン籠を持つ手も頻繁に前後へ擦っている。

緊張を隠せてないのは明らかだった。

私は彼女の手をそっと握った。

「大丈夫だ……」

しかし、私自身の声もかすれてしまっている。こんな声で励まされても信じられないだろう。

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「許可証を。」

兵舎入口に立っている兵士は相変わらず真面目だ。

だが、規則と制度を守っているだけなら切り抜けることは難しくない。

「その連れは……彼女か?」

守衛はウィンクしながら私の耳元でささやいた。

どうやら私とジェフティの関係はこの町のトピックにまでなってるようだ。

でなければここまで露骨に聞いてくることはない。

「まあ、な……」

ジェフティの体が一瞬揺れ動いた。

握りしめた手の中も汗ばんでいる。

「はははっ!そいつはいいことだ。君ら記者さんは俺たちよりずっと自由だからな。

今回の取材では兵士も多めに撮ってくれ、家族もあんたの撮る映像を期待してるんだ。」

守衛は個人端末から送られてくる確認メッセージを読み、微笑を浮かべた。

「いいぞ、入ってくれ。」

ようやく第一関門を突破した。

ジェフティと私は手をつなぎ中へ入ろうとした。

だが、私が一番恐れていた事態が発生した……

 

待て。

守衛が私たちを引きめた。

ジェフティは私の手を強く握りしめた。

私は彼女を落ち着かせるため何か言おうとしたが、口を開くことすらできなかった。

できたのは重装備の兵士が近づいてくるのをただ見ていることだけだった。

私にではない、

彼はジェフティに向かっている。

私ではなくジェフティに!

「すまない、今朝は飯を食べる余裕がなかったんだ、これを一つ貰えるかい?」

兵士はパン籠の中のパンを指さした。

士官用の小さく丸い焼き立てのパンだ。

ミルクと蜂蜜の甘い香りが隠し切れないほど漂っていた。

兵士はジェフティにやさしく尋ねようとした。

が、ジェフティは顔を隠し私の後ろへ隠れた。

「こら、ジェフティ。失礼なことをしちゃだめだよ。」

私はジェフティのコートを引っ張った。

(このままだとバレてしまう……勇気を出して……)

だがジェフティは首を振り続け、ますます肩を震わせている。

もはや、逃げ場はなさそうだ……

「ジェフティ……」

私は申し訳なさそうに兵士を見た。

「すみません、彼女はちょっと怖がってしまったようで。もしよければパンを一つ持って行ってください。」

「あぁ全く、スマンスマン。年頃の女性へ接するってのはどうも苦手でね。」

兵士は頭をかいた。

「じゃ、これにしようかな。」

警備員は照れ隠しするかのように首を振り、パンをかじりながら詰所に戻った。

やがてそこから他の兵士たちが冷やかすような笑い声が聞こえてきた。

何とかなったようだ。

「戻るかい?」

可能性は低いと思ったが、一縷の望みを託し彼女に問いかけた。

「……イヤ……」

もう十分だろう?

恐怖のあまり全身が震えている、そんな状態でなお先に進もうというのか?

復讐のためだけにどうしてここまで自分を追い込むんだ?

いや、今のジェフティにとって復讐こそが唯一輝きを放つ星なのだろう。

満点の星空の下にいようとも彼女に見えるのはこの星だけだ。

 

 

 

ついに計画を実行する時が来た。

ジェフティの身体はどんどん震えていった。

もはや立っていられないほどだ。

「ジェフティ、引き返すならまだ間に合う、銃を捨てて家に帰ろう」

たとえ無駄であったとしても私は声をかけた。

もしかしたら神様が奇跡を起こしてくれるかもしれない。

「やめて……」

今までと変わらない短い答えがただ緊張と執念を宿して返ってくる。

「……なら準備を始めよう……」

私は顔を背けジェフティの表情を見ないようにした。

彼女はきっと血の気の一切ない蒼白な表情をしてるに違いない。                                                                                                                                        

 

 

パン籠の底から説明書に従って分解したライフルを取り出す。

人間が同族と自分自身を殺すために設計した精密機器。

皮肉としかいえない存在だ。

私たちが選んだ場所は兵舎の北にある丘の上で、灌木が多数生えていた。

これらの木々は人間より遥かに丈夫で悪天候にも耐えている。

身を隠すにはいい場所だろう。

森の奥には連合軍によって破壊されたバンカーがあり、ひどい状態になっている。

だが少なくとも、隠れるには都合のいい場所だ。

ここは飛行場が近い。

15分おきに2機編隊を組んだ哨戒ヘリコプターが低空飛行していた。

この騒音で発砲音を誤魔化すこともできる。

これが、軍事小説やSNSの戦場体験を元に考えた最も実現性の高いプランだった。

慣れない手つきで銃を組み立てる。

奇跡的に、安全装置を生かしたまま組み立てることができた。

「分解したあとまた組み立てたら動かなくなる、それが不安だったけど……」

その方がどれだけ安心できたことか。

目標は600m先の仮設宿舎。

巡回計画書によれば、この時間帯に交代する予定となっている。

整然とした宿舎といえ多少の混乱が発生するはず、しかももうすぐ朝食の時間だ。

どれだけ訓練された兵士でもこの状況で集中力を保つことはできないだろう。

そう祈りたい。

 

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ライフルを構え、時が来るのを静かに待つ。

銃の脇に伏せているジェフティを見る。

彼女は確かに銃を構えている、

しかしその手はまだ震えている……

…………

……

もし私が利害関係のないカメラマンであれば

このシーンはとてもいい写真になりえただろう。

……だが残念なことに

私はファインダー越しにではなく、参加者の一人としてこの場にいた。

 

ジェフティに引き金を引き見知らぬ人を殺していいのかと尋ねたことがある。

彼女の身体は震え、涙が頬を濡らした。

垂れ下がった髪を涙で濡らしたまま彼女は小さく頷いた。

追求したくはなかったし、できなかった。

両親の仇を討とうとする少女、だが目の前にいる大人の手は血で汚れていた。

彼女を不幸にした張本人に、もはや何も言う権利など無かった。

 

そろそろ時間だ。遠くの宿舎に動きが見え始めた。

私は出来るだけ向こうの様子を把握しようとしたが、

しかし私の視力ではそのようなことはできなかった。

できることは手元の時計を見て、できるだけ正確な時間を知ろうとすることだけだった。

皮肉なものだ。

私は政治的に敵対する勢力の民間人が味方兵士を撃つことを補助している。

これだけでも街角で公開絞首刑されるには十分だろう。

そして罪のない人々の命と引き換えに安寧を得たところで、私自身は天国からますます遠ざかっていくに違いない。

「来たぞ……」

 

 

 

ヘリコプターの轟音が近づいてくる。

宿舎では多くの人間が歩いている。

だが、私にはどれもぼやけた姿にしか見えない。

「準備はいい?」

私は優しく彼女に尋ねた。

「この罪を背負う覚悟はできたんだね?他人の命を奪う罪を……」

そして司祭のように呟く。

従軍特派員として向かった初日、自らの手で銃を撃たなければいけない場面に遭遇したあの時のことを朧げに覚えている。

電磁砲に貫かれ、地面でもがく兵士たちが目の前にいた。

私は嘔吐し、その後3か月間ずっと悪夢にうなされた。

ジェフティは私を見なかった。

ただ冷静にスコープを覗いていた。

しかしそれは冷静というよりも、

どちらかというと運命によって死と向かい合わされた、そんな状態だった。

 

 

「……分かってる、私は絶対に……」

ジェフティの顔には何の表情も浮かんでいない。

しかし彼女の心に大きな痛みを抱えていることは隠せてない。

そう、彼女はまだ普通の少女なのだ。

彼女の良心は痛み、

そして泣くだろう。

 


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ジェフティが誰をターゲットにしたのかは聞かなかった。

私にとってそれは単なる名前に過ぎない。

だがジェフティからすれば初めて殺した人間だ。

スコープの視野にはその男が死ぬ前の表情が映しだされている。

それはこれから、ジェフティの夢に現れ続けるだろう。

ふとエクソシストが悪魔と接触して以降、聖人ではなくなる理由を理解できた。

 

 

殺人鬼を殺した人間もまた殺人鬼なのだ。

 

飛び交うヘリコプターの騒音に隠れたとて、銃声は大砲のように響いた。

私が目視できたのは倒れる直前に少しふらついた人影だけだった。

一方物理法則にしたがい、銃のストックがジェフティの細い肩に強く叩きつけられた。

疑うまでもない、

まともな訓練を受けた兵士でも耐えられないような痛みが彼女を苦しめていた。

肩部は神経が集中している。

ジェフティは唇を嚙み、泣き叫ばないよう懸命に耐えていた。

私は彼女の代わりにこの苦痛に耐えたいと強く思った。

肩の痛みだけでなく、心の痛みも代わりに受けたかった。

 

 

私は混乱に乗じてジェフティを連れ兵舎を離れた。

この場所を攻撃されるとは思ってなかったのか、兵舎は非常に混乱していた。

パンを配達する記者と少女のことなど誰も気にしてない。

ジェフティは私のシャツを引っ張りつつ足早に駆けてくる。

銃の入った籠は、反動で負傷した左手によってしっかりと抱えられている。

まるで大切な宝物のように。

ジェフティは殺人の痛みだけでなく、両親を失ったことによる痛みにも苦しんでいた。

このまま以前のように幸せな生活には戻れないのではないか、私はそれを恐れた。

おそらく、人は常に多くの痛みを抱え生きていくのだろう。

けどそれでもジェフティにこんな苦しみを感じて欲しくない。

何があってもだ。

だが、もはや後戻りはできない。

ジェフティには本当のことを言えなかった。

私こそ君から両親を奪った元凶だと。

しかしジェフティの直感は彼女の願いはすぐに叶うだろうと告げており、

代わりに突き刺したかのような痛みが心の中へ広がっていった。

その日、ジェフティの左肩には酷い打撲傷ができた。

それから一週間後に知ったこと……

ジェフティは南極進駐軍のベリー少尉を殺した。

ベリー、

彼は本戦争における21,093,491人目の犠牲者であり、

同時に2歳の娘がいる父親だった。





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