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目覚めたのは深夜になってからだった。

あの光景、忘れたことなんてない……

悪夢だ……

私がジェフティの両親を殺した。

頭を振る。

必死になってそのことを心の奥底へ葬り去ろうとした、しかし顔を上げるとすぐ傍にジェフティが立っていた。

「起きた?水を飲んで。」

ジェフティからコップに入った水を手渡される、その冷たさで私は目を覚ました。

「その……」

「大丈夫だよ、心配させてしまったね。」

ジェフティは顔を下げたままで私を見たくないようだった。

「その、午後のこと……」

「午後のこと?私はちょっと寝てたみたいだけど?」

私のせいで両親を亡くした少女に、謝罪の言葉を言わせるわけにはいかなかった。

……けど、そんな余裕はもうない。

「……そうですね、長い間眠ってたから……」

ジェフティはスカートのすそを抑えながらゆっくりとベッドの端に座った。

銀髪の上をまるで水銀のように月明かりが舞っていく、私は少し目を開けた。

「……両親のこと、話してくれないか……」

どのような感情からこの言葉を発したのか分からない。

ジェフティは一瞬ためらい、そして頷いた。

 

ジェフティの両親は二人とも大学の教師であり、学生時代から恋人だった。

戦争が始まるまで、二人とも生活を共にしていた。

開戦後、一家はジェフティと共に別荘へ疎開し戦火から逃れようとした。

だが、神はささやかな希望すら受け入れなかった。

戦火は彼らの住む町にも拡大する。

敗走する連合軍、或いはそれに乗じて略奪を図る賊軍。

彼らは町のあらゆるところで略奪、放火を行い去っていった。

ジェフティ達は獣どもによる残虐行為から逃れることこそできたものの、また逃げることを余儀なくされた。

戦争によって家を失った無数の人々と共に。

彼らの行く末は想像以上に過酷だった、-20℃の凍てつく気温や雷雨を伴う予測不可能な嵐。

そして先の見えない流浪の日々は一家に大きな負担をかけた。

しかしジェフティによると、両親は二人とも笑顔を絶やさず前向きに過ごしていたという。

ただ、一番大事な子供たちが傍にいてくれたからと。

あの悪夢のような日が来るまでは。

死神が空から破壊の雨をもたらした、最初は細長い線状のものだった。

やがて線は豪雨のように密となり、それは大地に大いなる潤いをもたらした。

そして降り続いた火の雨はこの地を破壊しつくした。

残ったのは大量の死体だけだ。

 

「……水汲みから戻ってきたら、パパとママがいた場所が炎に包まれてた。」

ジェフティは堰を切ったように泣き、話すことができなくなった。

彼女の手の隙間からまるで真珠のような涙が溢れ出る。

私は何も言えず、ただ目の前で泣いている少女を見ることしかできなかった。

何も言えなかった、全ては私の犯した罪だ。

あの時彼らを救うことはできなかった、そして罪を償うこともできない。

だが、私のせいで両親を失った少女が目の前にいる。

私は罪を償わなければならない。

私が……

ジェフティを南極に連れて帰る。

彼女が二度とつらい記憶を思い出さないように。

彼女の人生を元に戻さなければ。

 

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静電気による干渉音は相変わらず酷いものだった。

しかし、この強力な干渉下で通信できる、

これだけでも満足すべきことなのだ。

「もしもし……もしもし……」

そして色々と奇妙な効果がある、

それが今日遅延した理由なのだろうか?

「こちら第53軍団特派員のモンドです、ミタ大佐を呼んでください」

数秒待った後、エコーが返ってきた。

「大佐……不在……現……、話……希……伝え……」

「大佐が戻ったら、私が探していたとお伝えください。

「了……」

用事があるときに限っていなくなる、クソッ。

不本意だが探すしかないようだ。

あのメスゴリラを。

……

「はい、こちら第13諜報中隊。」

「スーザンはいるか?」

「ええ、少し待って下さい。」

向こうの人はやたら焦っているようだった。

鼓膜が破れそうな声で叫んだ。

「ビッグシスター!通信よ!」

ビッグシスター?いつからあいつはマフィアのボスになったんだ?

「ああ?もしもし?」

長い間待たされた挙句、ようやく声が聞こえた。

喫煙、長期間にわたるアルコール中毒のせいで声は低い。

一般人が聞いたら中年男性と錯覚しただろう。

だが私は聞きなれている、なぜならこれが実の姉なのだから。

「僕だ……姉さん……」

姉という言葉を口にする、それだけでも強い抵抗感があった。

「……」

相手は暫し黙っていた……

「そう、お前ね。何の用?」

彼女はまだ私に腹を立てているようだ。

私が「戦場特派員」として前線に行くのを志願したことに。

……気にするな、今はそんなことを説明してる場合じゃない。

まず本題に入ろう。

「姉さんはいつ本国に戻るんだ?」

3か月後ね。何?一緒に帰りたいとでも?」

どうやら話に食いついてくれたみたいだ。

「まぁ、可能なら……ただ……」

「ただ?」

「もう一人連れていきたいんだ、だから姉さんに頼みたくて。」

「ふぅん、もう一人ね……」

この瞬間、通信機の向こう側で邪悪な笑みを浮かべている姿が容易に想像できた。

「いいわ。」

「……どういう人なのか聞かないのか?」

「その時になれば分かる、そうでしょ?

規則上連れていけない人だったら飛行機から追い出せばいいわ」

あぁそういうことか。

「必要な書類は今夜中に送るから、自分で駐屯地に申請するのを忘れないでちょうだい。」

「分か……」

返事をする間もなく通話は打ち切られた。

本当に……

人間らしさが微塵も感じられない……

 

これで、罪は償えるのだろうか?

 

 

ジェフティの家へ帰る途中、

私はずっと考えていた。

この戦争で、

私が果たしている役割とは何なのか……

記者として、客観的な立場から国民に戦争について知らせようとしてる、ただそれだけだ。

勝利に酔いしれた凱旋者、困窮し流浪する一般人、

どちらの前でも常に自分自身はカメラの三脚であると思うようにしていた。

常にレンズを通し客観的な眼ですべてを記録しなければならなかった。

だが、今はそうじゃない。

戦争はゲームなどではない。

戦争では常に人が死んでいる。

戦争では一人でできることなど何一つとしてない。

上は幾千の兵士を指揮する将軍から

下は私のようなカメラを持った一特派員まで。

前者は無数の命を犠牲にする決断を下し、

後者は彼らが目の前で死んでいくのを傍観する、更には……

それは私の望むものではない。

戦争は人類にとって絶対に必要とされるべきものではない。

それはいつだって人々に慟哭を強いる。

変えるべきだ……

私は変わらなければ……

そう思うと体が震えてきた。

辺りを見渡すと、その瞬間から空気が澄んできたように思えてくる。

雪に濡れたレンガ造りの地面、つららの下がった古い家屋の屋根。

通りで遊ぶ子供たち、2ブロック先から漂ってくるパンの焼けるにおい。

全てが美しかった。

 

 

困難な状況にもかかわらず、

ヴィナはパンを焼き続けた。

パン屋にてジェフティは基本的に店番をしていた。

一部白塗りとなっている淡いピンクのエプロン、

ジェフティにはとても似合っていた。

とても落ち着いた雰囲気を与えていたからだ。

ジェフティはいつも周囲の人たちにやさしく接していた。

顔なじみの常連、小腹を空かした通りすがりの客人、たとえ外が雪だったとしても

彼女は皆を笑顔にし温かい気持ちで満たした。

時折店の外にいるかわいそうな子犬もよくジェフティの世話になっていた。

ひとかけらのパンだが、彼を満足させるには十分だ。

子犬はまるで笑うかのように小さく吠え、ジェフティは静かにしゃがみ込みそっと撫でてあげている。

時折、子犬はまるでジェフティが飼い主であるかのように彼女の手を舐めた。

このような光景が数日おきに見られ、

そのたびに私の写真の多くがボツになっていく。

写真とは絵画のようなものだと私は信じている。

撮影者やアーティストの感情によってその出来が左右されると。

だからジェフティについて知れば知るほどより多くの感情を込めることができるだろう。

そして私と彼女の絆もますます深くなっていった。

だが、この「絆」はあまりにも重い。

始まりの瞬間を忘れたいと思うほどに。

一生かけても償えないほどの……

けどジェフティに会えたの私はとても幸運だと思っていた。

そう、今日までは。





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